星野リゾートの温泉旅館ブランド「界」は全国に22施設を展開。今回訪ねた長崎県の「界 雲仙」は2022年11月にオープンした全51室の温泉旅館です。周りには、地獄と呼ばれる噴気地帯があり、地表から白煙が上がる荒涼とした光景がまるで別世界のよう。「界 雲仙」がある島原半島の中央には雲仙火山があり、半島には泉質の異なる3つの温泉が湧いています。雲仙火山に最も近い雲仙温泉で、大自然のエネルギーをめいっぱい感じてきました。
一歩足を踏み入れると異国の雰囲気に包まれる「界 雲仙」
「界 雲仙」のコンセプトは、「地獄のパワーにふれる、異国情緒の宿」。鎖国時代に長崎の出島に滞在した外国人が雲仙温泉を海外に紹介したことから、「和・日本」「華・中国」「蘭・オランダ」の要素をあわせた「和華蘭」の文化を設えに活かしています。ロビーの中央にある灯りの模様は和・華・蘭それぞれをイメージさせるものになっています。また、床は温泉の湯気を思わせる模様の御影石が使われており、旅のムードを盛り上げてくれます。
目の前に広がる地獄から大地のエネルギーを感じられるロビー。ソファーに座って池の向こうに広がる地獄を眺めていると随分遠くへ来たような気になります。
トラベルライブラリーにはご当地グッズが並んでいます。戦時中に途絶えて約30年前に復活した島原木綿の素朴な風合いを生かした雑貨、後ろ向きの鎧武者の兜に鬼が噛みついている絵柄のバラモン凧など、お土産に買って帰りたいものばかりです。
その中でも特に目をひいたのが、日本三大土人形の一つ波佐見焼の「古賀人形」です。かつて日本で海外との貿易港は長崎だけだったため、外国人をモチーフにした姿というのが面白いですね。
様々な島原木綿を組み合わせた壁のオブジェは、思わず触れたくなる温かみのある風合いです。
露天風呂付きご当地部屋で至福のひととき
チェックインを済ませて案内されたのは、ご当地部屋「和華蘭の間」。ここは「客室付き露天風呂」の部屋で、ベッドルームと露天風呂の境に、湯上がりチェアのある「湯上がり処」が設けられ、客室の滞在スペースの半分以上が露天風呂スペースという贅沢さです。
玄関を入ると目隠しに、和・華・蘭をモチーフにしたパーテーション。1枚1枚のガラスの模様と色が個性的で、とってもエキゾチックです。
天井の明かりは、和ガラスの「びいどろ」。外が暗くなるのが待ち遠しいくらい、きらきらときらめいています。
雲仙は山の中、夕暮れは町なかより早い時間です。部屋の露天風呂に入りながら、日が影って徐々に暗くなる景色をぼんやりながめていると、自然の一部になったように感じられます。目の前の地獄から吹く風にわずかな硫黄の香りがのっているのも湯治気分を高めてくれます。泉質は「酸性、含鉄(Ⅱ、Ⅲ)-単純温泉」で、鉄と硫黄分を含む酸性湯の白く濁った色が特徴。熱すぎず、ほどよい湯加減でしっとりなめらかな肌ざわりです。
湯上がりでほっとした頃、「至福の湯上がりビール」が運ばれてきました。レモンの風味がとってもさわやか。ご当地おつまみ「ハトシ」は、エビのすり身を食パンで包んで揚げたもの。長崎名物、卓袱(しっぽく)料理の一つだそうで、ふんわり揚がったころもの中からエビの香ばしい味!ビールのおつまみにぴったりです。
バスローブを羽織って湯上がりチェアに座っていると、至福のひとときというのを実感。ちなみにサイドテーブルのスタンドライトはステンドグラスをモチーフにした和紙製。小さな「古賀人形」も異国の雰囲気を添えています。
※至福の湯上がりビールは2023年10月31日まで
お湯印帳にスタンプをポン!からの大浴場へ
毎日開催されているのが、「界の湯守り」スタッフによる「温泉いろは」の紹介。滞在のモデルスケジュールや温泉の歴史など、興味深い話がたくさんです。その昔、「温泉」と書いて「うんぜん」と読まれていたとか、行基が寺を建てて僧侶が修行のために来ていたとか、島原の乱ではずいぶん荒らされたとか、知識が増えるのも楽しいですね。さらに「うるはし現代湯治」と名付けられた界独自の温泉の楽しみ方五ヵ条はおさえておきたいし、独自の「お湯印帳」にスタンプをもらうのも忘れずに。
湯守りの話を聞いたあとは、一旦建物の外に出て敷地内の大浴場へ向かいます。お部屋の露天風呂も素敵ですが、せっかく来たなら他のお風呂も体験したいですよね。
大浴場の内風呂は、源泉かけ流しの「あつ湯」と、ゆっくりリラックスできる「ぬる湯」、2 つの浴槽があります。「界 雲仙」の温泉は、長湯をすると疲れてしまうため、時間を空けて、一日に 1~2 回の入浴がおすすめだそう。「ぬる湯」から「あつ湯」、再度「ぬる湯」に入ったあと、「上がり湯」として真湯のシャワーで温泉成分を洗い流すと湯あたりや湯ただれを防ぎ、肌がしっとりと潤います。
露天風呂は岩風呂で、地獄の湯けむりを眺めながら自然の風に吹かれて心地よい入浴タイム。内風呂と露天風呂、それぞれ異なる趣を楽しめますよ。
夕食は長崎の特産品を味わう特別会席
食事は長崎の特産品を用いたパーテーションで区切られた半個室でいただきます。広々としたスペースでプライベート感が保てるので、ゆっくりと卓袱料理から着想を得た会席料理を楽しめます。卓袱料理とは、和華蘭文化を反映した長崎発祥の宴会料理で、料理が盛られた大皿を円卓に乗せて、それを囲んで味わうもの。では、コース料理の一部を紹介しましょう。
先付けは「“鬼やらい”湯せんぺい」。卓袱料理に欠かせない豚角煮のリエットは納豆みそで味付けされています。温泉水を使用して焼いた湯せんべいを木槌で割って、そこにリエットをのせて食べます。
煮物椀は「鮑真薯」。香り高い青柚子が添えられています。
鮮やかな朱色の円卓は卓袱料理の丸い円卓をイメージしたもので、酢の物・八寸・お造りを一緒に盛り合わせた贅沢な「宝楽盛り」です。印象的だったのは、島原の郷土料理「いぎりす」。海藻のイギスを羊羹状にしたもので、酢味噌でいただきました。
蓋物は高級魚の「のどぐろ びわ酢蒸し」です。びわの生産地として有名な長崎らしい味付けですね。
メインの台の物は「あご出汁しゃぶしゃぶ」。長崎では様々な料理に、あご(トビウオ)出汁が用いられるそう。この上質な出汁に牛肉や伊勢海老をくぐらせていただきます。旨みたっぷりの出汁をからめた新鮮な具材は絶品です。柚子の皮に醤油、砂糖、胡椒などを加えて煮込んだ調味料「ゆべし」を加えると、さわやかな刺激が得られます。ちなみにお酒を五島芋の焼酎を水割りで。やさしい甘さにグラスがすぐにカラになりました。
地熱を感じながら歩く地獄めぐり
おいしい食事とお酒、温泉で温まってぐっすり眠った翌朝は、楽しみにしていた「界 雲仙」ならではのアクティビティ「雲仙地獄パワーウォーク」です。この日は霧雨が降っているあいにくの天候だったので、随所で行う体操やストレッチはやめにして、スタッフの方に朝の散歩を案内してもらいました。
スタートは清七地獄(せいしちじごく)。江戸幕府によってキリスト教が禁止されていた頃、キリストの絵を踏ませる「踏み絵」によって信者か否かを判断し、信者はこの雲仙で処刑されたそうです。長崎の清七という男が処刑された頃に湧き出たことから、この名がつけられました。
地獄では何匹もの猫を見かけました。地熱で温かい場所だということを知っているんですね。まぁるくなってくつろぐ姿に癒されます。
お糸地獄の近くには、地獄の熱で蒸した熱々の玉子が買えるスポットがあります。(時間や価格は現地で要確認)また、足を置いて地熱や噴気を体感できる休憩所で、その温もりを感じてみましょう。
※裸足や長時間同じ場所に足を置くと火傷の原因となるので要注意です。
泥火山(でいかざん)。地中からの噴気で泥が盛り上がって円すい形の小さな山ができる様子は、実際の火山ができるしくみと同じ。その日の水分によって山の形が違うので、柵越しに観察してみましょう。
ウォーキングの最終地点「旧八万地獄」は、現在は噴出活動を休止していますが、地熱は残っているため足元から熱を感じます。晴れた日は、ここに寝転がってストレッチをするそうで、大地のエネルギーを全身で感じられると人気だそう。濡れていて寝転べなかったのが残念ですが、そっと靴を脱いだ足の裏から大地の温もりを感じました。
朝食は「具雑煮朝食」
ほとんど傘がいらないくらいの霧雨の中を速足で歩いた地獄散歩のあとは、地元の食材をたっぷり使った朝食です。「具雑煮」というのは初めて食べるのでとっても楽しみにしていました。昨夜の鍋と同じく、あご出汁の旨みがたまらなくおいしいのです。
島原地方のお正月は、たくさんの具が入った「具雑煮」が定番で、それが普段でも食べられているそうです。鶏肉、アナゴ、シロナ、レンコン、ゴボウ、凍り豆腐、椎茸、卵焼き、丸もち、春菊など十数種も入って栄養たっぷりですね。1637(寛永14)年の島原の乱の時に、一揆軍の総大将・天草四郎が、約3万7千人の信徒と籠城した際に作って栄養をとらせて約3カ月戦ったのが「具雑煮」の始まりだと伝えられています。
ご当地楽で活版印刷を体験
「界」それぞれに個性的なアクティビティが用意されている、ご当地楽(ごとうちがく)も滞在中の楽しみの一つ。ここ「界 雲仙」では、そのレトロな字体が人気の活版印刷が体験できます。活版印刷は天正時代(157~1592年)にヨーロッパから島原半島に持ち込まれたとか。
壁には大きな活字のモチーフや本物の活字がオブジェのようにはめ込まれています。これを参考に印刷する文言を決めたら、活字をひろって並べていきます。活字は、漢字、ひらがな、アルファベット、数字があります。
活字を枠にはめこんだら、動かないようにしっかりネジを締めます。
活版印刷機にかけて、1枚1枚手作業でカードに印刷します。力加減によって、文字が薄く出たりかすれたり、そのアナログさがなんだか味わい深いのです。
レトロ感ただよう字体は味がありますね。刷り上がったカードは専用のケースに入れてもらえます。1泊2日の滞在を満喫しましたが、次回は連泊して、もっともっと心身を癒したいと思いました。
せっかく来たので、チェックアウトのあとは島原観光です。今回訪れたスポットを紹介しておきましょう。
島原観光スポット紹介
島原城は、1618(元和4)年から7年の歳月をかけて築かれました。五層天守閣を中核に、大小の櫓を要所に配した美しい城でしたが、明治時代に解体。市民の復元を熱望する声によって、1960(昭和35)年に「西の櫓」、1964(昭和39)年に「天守閣」を復元。石垣は築城当時のまま見事な威厳を放っています。大きな堀は春には菖蒲、夏には蓮の花に彩られます。
鉄砲町に残る武家屋敷は当時の面影を残す石垣が印象的です。街路の中央には湧水を引いた水路があり、生活用水として使われてきました。
武家屋敷 島田邸。島田家は藩主松平氏に仕えた古い家柄で、1669(寛文9)年に藩主について島原に居を構えました。幕末にはかなりの重職についていたそうです。
住居の一部が無料公開されていますが、静かに見学するようにしましょう。
雲仙岳災害記念館(がまだすドーム)。1990(平成2)11月17日、雲仙普賢岳が198年ぶりに噴火。翌年5月26日と6月3日には火砕流によって多くの死傷者と行方不明者が出る大災害が起こりました。街は溢れ出た土砂によって大きな被害を受け、土石流が海を埋めて新しい陸地ができました。ここに造られたのが「雲仙岳災害記念館」です。島原地方の方言で「がんばる」という意味から、愛称は「がまだすドーム」。自然の驚異と災害の教訓を後世に伝えるために、様々な展示やプロジェクションマッピングで火山の噴火を追体験したり防災について学べます。
界 雲仙
住所:長崎県雲仙市小浜町雲仙 321
時間:チェックイン 15:00、チェックアウト 12:00
予約電話番号:050-3134-8092(界予約センター)
界 雲仙
Text:松田きこ