日本一の地図入力センターを目指す
兵庫県の北部に位置する養父市八鹿町に、廃校になった中学校をそのまま社屋として利用しているユニークな企業がある。校名がそのまま残る体育館、標語が書かれた校舎、自転車置き場も広いグランドも卒業生でなくても懐かしさがこみあげるほど、往時のままの状態で使われている。
ここに本社を置くのは、航空写真測量を専門に行っている株式会社オーシスマップ。空中写真測量で得られた地図情報をデジタルで表していく。この図面には、住宅、水路、電柱の向きといった細かい情報が正確にトレースされ、都市計画の基になったり防災上の危険地域の把握にも使われる。なかには3Dで表される地図もあり、技術者が専用のパソコンで両手両足を使って細かい作業をこなしていく。精度が求められるこの職人技、かつてはすべて手作業で行われており、人材を育てるのが難しいとされていた。技術の進歩によってパソコンでできるようになったが、実際に仕事を覚えるまでに1、2年はかかるそうだ。
オーシスマップには、この規模としてはかなり台数が多い、専用パソコンが24台もあり若い社員が技術を磨いている。繁忙期は年のうちの半分だが、ボリュームのある仕事を請けるためには人材が重要だ、と先行投資をした。とはいっても繁忙期以外に人材を遊ばせていくわけにはいかない。新たな取引先をと展開したのは海外からの仕事だ。一面の砂漠というような広大なエリアがあったり、海外の地図は日本ほど細かい作業にならないことも多いそうだ。
国内にある同業者は、ほとんどが大手で主に東京や大阪で営業している。通信技術が発達した今、同社が地方にいることはハンデキャップにはならない。航空写真を撮ること以外は、全部一貫して自社でできることが強みだ。業界では分業が多く、そのためのコーディネートが必要だったが、ワンストップで自社でできることで手間が省けコストダウンにもつながる。
かつて校長室だった社長室で、大林賢一社長に話をうかがった。大きな窓の外はグランド、そして国旗掲揚台が見える。代々の校長もきっと、ここから子ども達が駆け回る姿を見ていたのだろうと想像がふくらむ。
創業は2001年。勤めていた測量会社を辞めて地元に戻ったが、思うような就職先がなく、元いた会社から受注する形で個人事業を始めた。だが、個人ではこなせる仕事の量が限られてくる。いつしか元の会社からの仕事がなくなり、事業は窮地に追い込まれる。その時、大林社長は後ろ向きになるのではなく、融資を得て事務所を開き、事業を拡大する方向に打って出た。当時はほぼ会社に寝泊りして休みなく自分で図面を引き、営業をし、とにかく仕事に没頭していた。仕事は軌道に乗り、少しずつ社員が増えいった。ところが、その頃大きな問題が起こる。
「社員から不満が出てきたのです。私自身が社長業と製作現場の両方を抱え込み、イライラしていたのが原因でした。このままではいけない、と作業を社員に任せることにました」
決めたら行動は早い。経営に専念すると同時に課長職をなくし、4人ほどのチーム制にして、チームリーダーを中心に一人ひとりが自分の技術をブラッシュアップできる方向に持っていった。つまり、社員が自分で意思を持って動けるようにしたのだ。「それまでは10人ほどの課員がまとまらないと動けなかった。そこにあるのは希望ではなく閉塞感だった」と振り返る。社員の平均年齢33歳という若さを思えば、伸び伸びと自由な発想で自ら動ける環境がそれぞれの自律を促し、仕事に対する姿勢を変えることにつながったのだろう。
そして、廃校が決まった中学校に社屋を移した。とにかく敷地が広い。昼休みにはグランドや体育館で運動に興じる社員の姿が見られる。細かくて地道な作業が求められる職種にあって、体を動かして気分転換ができる環境は何よりだと思う。
「引っ越して一番大きく変わったのは社員の自主性に拍車がかかったこと」かつては会社が社員旅行や宴会を企画して経費を負担していた。ところが実際には参加率が低かった。それを「社員が求めることを実現する」方針に変えてから、社内の掃除当番も駐車場の利用方法も仕事の流れも、すべてを社員が自ら企画するようになった。
参加者が少なかった社員旅行は有志による実行委員会によって企画され、積み立て金で催行される。会社からは少し補助を出すだけで参加率は格段にアップしている。花見や夏祭りも社員が企画して、地域の子どもやその家族を巻き込んで盛大に開催される。
「家族と共に楽しめる会社でありたい」という社長の言葉通り、休日には社員が家族で校庭や体育館を利用することもある。そんなことも大歓迎な会社なのだ。元の保健室屋は、子どものプレイルームとして遊具が置かれている。育児休暇中の女性が戻ってきやすい企業にという思いもある。
「1日の長い時間を過ごす場所だから、面白くて楽しい会社にしたい。ワークライフバランスは都会だけのものではありません。地域と共に取り組むことが大切なんです。社員とその家族も含めれば、小さな町では誰もが知り合いです」と、社員やその奥さんの誕生日に花を贈ったり、誰もが仕事をしやすい環境作りに力を入れている。
敷地にある畑は農業部が管理し、会社は一切の金銭的な補助をしていない自主的な部活動だが、こういった仕事以外でとる社員同士のコミュニケーションが潤滑油になっているのだろう。上司が人事評価をするのではなく、社員同士が互いに評価して賞与を分配するといったシステムも定着してきた。
「創業期の10年を経て、今が成長期です。これまで予期せぬピンチはいくつもありましたが売上は右肩上がりできています。今は売上よりも中身の充実に力を入れたいと考えています」という社長。
「女性の力を活用したい。女性が頑張れる場があることで地域が盛り上がる」と女性社員を社長に、WEB制作会社「株式会社ピーナッツ」を創業。養父市のPR、地場産業の応援という目的で、「やぶらぶWalker」というECサイトも運営している。
「養父はいいものがあるのに、発信力がない。これを民間主導でやりたかった。少しくらい高くても買ってもらう、地元のものを地元で消費する。今は高くても、みんなが利用すれば安くできるはずです。そして、自分が60~70代になった時にどんな社会になっていてほしいかを考えて、地元に還元できるビジネスを広げていきたいです」という社長は、夢に向かって次々に行動を起こしている。
「せっかく田舎にいるのだから、地方ならではの事業運営と展開をしていきたい」 大林賢一社長
学校という場の懐かしさと面白さに社員が活気付く。廃校利用のビジネスモデルとしても注目だ
株式会社オーシスマップ
兵庫県養父市八鹿町八鹿1264-11
TEL.079-662-3156
http://www.osysmap.jp/